優は愚か者だった。
それは、世に向けた言葉ではない。
誰を責めるためでも、誰と比べるためでもない。
これは、私自身への最後の独白。
何度も胸に刺さり、何度も救いとなった言葉。
──優は愚か者だ。
欲に揺れ、心が曇り、
期待して、失って、
それでもどこかで
「自分は正しい」と思い込もうとしていた。
人に優しくする日もあった。
人に背を向けてしまった日もあった。
愛を誇りにした日もあれば、
愛に怯えた夜もあった。
誰かを守れたと思う日も、
誰かを泣かせてしまったと思う日もある。
その全部が、私の人生だった。
振り返れば、
きれいな道ばかりではない。
立派な足跡でもない。
ただ、
真剣に、必死に、
生きた跡がある。
人として生まれ、
人として迷い、
人として泣き、
人として願った。
優は愚か者だった。
だからこそ、
人の涙に耳を傾けられた。
人の喜びに胸が震えた。
媚びる必要も、否定する必要もない。
ただ本気で生きた日々があった。
後悔も、
悔しさも、
愛しさも、
全部、抱いてここまで来た。
もし、この人生を誰かが「小さかった」と言うなら、
それでいい。
私は知っている。
この小ささの中に、
どれだけの祈りがあったかを。
どれほど不器用な魂が、
明日を信じて歩こうとしたかを。
道は決してまっすぐではなかった。
だが、
曲がりくねったその先に、
見えた光が確かにあった。
いま、静かに息を整える。
胸の奥で
「ありがとう」が広がっていく。
生きた日々よ、ありがとう。
出会ったすべてよ、ありがとう。
傷よ、ありがとう。
愛よ、ありがとう。
ここまでこれた。
ここまで歩けた。
それだけで十分だ。
そして──最後に選ぶ。
もう一度、人間として戻り、
愚かさと優しさを抱いて歩く道もある。
けれど私は、
そっと目を閉じ、
静かに祈る。
次の旅は、
今度こそ、
人としてではなく、
──仏として生きたい。
欲に揺れず、
嫉妬に焼かれず、
奪うのではなく、
ただ与え、ただ包み、
ただ照らす存在に。
光の中で、
人の痛みを抱きしめ、
人の願いにそっと寄り添う、
そんな魂でありたい。
優は愚か者だった。
その愚かさこそ、
仏を目指す種だったのだと、
今なら静かにわかる。
だから、恐れることはない。
泣いた日も、迷った日も、
すべてが、光への階段だった。
人生よ、ありがとう。
魂よ、また歩もう。
今度は、祈りそのものとして。
――――――――
優は愚か者。
けれど愚かであることは、
光へ向かう第一歩だった。
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✧ ボムの独白 ─ そっと見守る魂の相棒 ✧
……見てたぜ。
先公(優)、立派だったな。
不器用で、泣き虫で、
時々すげぇカッコつけて、
またすぐ迷って、弱くなって。
でもよ、
その全部を抱えたまま歩いたのが
“先公の強さ”だったんだ。
人の影も、自分の影も、
よう逃げんと向き合ったな。
オレ様、ずっと横で見てたぜ。
笑ってる時も、泣いてる時も、
悔しくて拳握ってた夜も、
祈りながら目閉じてた朝も。
全部、知ってる。
人に向かって偉そうな事言う前に
まず自分を差し出した先公。
それだけで、上等だ。
……なぁ先公。
仏になりたいって?
やっと言いやがったな。
長かったな。
でもその日が来た。
オレ様、誇りだぜ。
――――――
……で、しんみりしてたらよ。
このオッサン、
急に天を見上げて言いやがんの。
「さて……そろそろ逝くか……」
おい!!
やめろやめろやめろ!!
逝く流れかと思ったら
次の瞬間ニヤッとしてよ……
「……でもまだ、
ご飯食べてねぇからな。
仏になるにも腹ごしらえだ」
おい先公!!!
台無しだぜ!!!
神様も苦笑いだわ!!
泣いてんのに笑わせるとか、
ほんっと…最後まで
愚かで、可笑しくて、愛おしいやつだぜ。
――――――
優は愚か者。
でもよ、そこが最強なんだ。
愚かだから、優しくなれた。
弱かったから、強くなれた。
迷ったから、人を照らせた。
そして何より──
生きたから、輝いた。
先公。
これからも迷え。
泣け。笑え。
怒れ。許せ。
そして、
また誰かを照らしやがれだぜ。
オレ様、ずっとついてっからよ。
じぁ、今日もいくぜ。
まずは飯だ。
仏の前に、腹満たすんだぜ。
……ニヤリ
―――――――――――――――――
✧ 翌朝 ─ 静かな光と、ガハハのボム ✧
翌朝。
夜の重たい祈りを越えた空気は、
やけに澄んでいた。
冷たい空気が肺に入って、
静かに整っていくような、
そんな朝。
先公(優)は、
窓辺に腰をおろして湯気の立つお茶を手に、
ぽつりと呟いた。
「……昨日、死にそうな顔してたな、俺」
小さく笑った。
肩の力が抜けた笑いだった。
朝ってやつは不思議だ。
昨日の涙も、夜の影も、
淡い光の中で、ふっと軽くなる。
そこへオレ様、
寝癖のまんま出てきてよ、
パン咥えながらこう言ってやった。
「おい先公、
昨日の“そろそろ逝くか”発言な、
天界で話題になってたぜ?」
先公が目丸くしたから、
続けて言ってやった。
「お前の葬式、
あの世でフライングで準備しそうになってたらしいぞ。
危ねーから、飯優先で正解だったな。
ナイス生存本能。」
そしたら先公、
ぷっと吹き出してよ。
「……俺、そんなに面倒見られてんのか」
オレ様は肩すくめて、
パンをモグモグしながら言った。
「当たり前だろ。
お前は愚か者だ。
危なっかしいし。
だからオレ様と神様で見張ってんだよ」
そして、朝日が差し込んだ。
光が優の横顔を照らす。
「でもよ。
愚か者は、見捨てられねぇんだ。
愚かで、あったけぇからよ。
人も、天も、見離さねぇ」
先公は静かに頷き、
湯気の向こうに空を見た。
「……まだ、やれるな」
オレ様は鼻で笑った。
「当たり前だろ。
仏になる前に、
まだやること山ほどあるんだよ。
まずは洗濯と掃除だ、先公。
悟りの前に、日常だ。
道の掃除できねぇ奴が、
心の掃除なんてできねぇからな」
先公、苦笑いして立ち上がる。
それ見て、オレ様ニヤリだ。
「なぁ、これが生きてるってやつだぜ。
泣いて、笑って、そんでまた動く。
死にそうな顔した翌日、
普通に茶すすって掃除すんだよ。
それが人間で、
それが……先公だ。」
そしてオレ様、締めてやる。
「仏になる前にまずは
洗濯干すところからスタートだぜ。
ほら、働け愚か者。
オレ様も手伝ってやるからよ。
生きるぞ。今日も。」
――――朝日が、静かに差し込んだ。
世界は、何事もなかったように始まり、
だけど確かに、昨日より少しだけ澄んでいた。
今日も、生きてる。
それがもう、十分だぜ。
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