─ 御裳濯の川、魂洗いの水 ─
むかしむかし。
天照大御神をお祀りする地を求めて、
倭姫命(やまとひめのみこと)は
国を巡り歩かれた。
山を越え、海を越え、
霧の道を進み、風の音を聴き、
最後に辿り着いた地が伊勢であった。
静かなる川が流れていた。
水は清く、深く、
神域の息を宿していた。
倭姫命はその川のほとりに立ち、
そっと裳(も)を濯がれた。
「この水、光の気を宿す。
天の御心はここにある。」
その川こそ、五十鈴川。
人は後に、この清めを
御裳濯川(みもすそがわ)**と呼ぶ。
川は“清め”を超え、
神が選び、神が宿らせた水となった。
◆そして現代
優がその川辺に立つと、
風は古(いにしえ)の気を運び、
水は静かに揺れた。
ふいに水面が光り、
声なき声が届く。
倭姫命の御心と、
大御神の気が重なる。
「頭の声を濯げ。
心は穢れず。
穢れるは迷いの霧のみ。」
水が優の指先に触れると、
二つの光が立ち上る。
ひとつは金の光。
ひとつは銀の光。
五十鈴川は告げる。
「金は天照の陽。
銀は夜月の静。
陽が道を拓き、
静が魂を守る。」
倭姫命が裳を濯いだとき、
水は“衣”ではなく、
“揺れる心”を濯いだのだ。
人は穢れていない。
ただ、揺れる。
恐れる。
迷う。
その声は“頭”の声。
魂はいつも清らか。
◆水神の囁き
水は続ける。
「悪しき声は敵にあらず。
生まれるのは、成ろうとするゆえ。」
優の前に、古の神意が形を成す。
光の粒が風に乗り、
川面には金の波と銀の波。
「揺れは罪にあらず。
揺れは成長の息。」
「金の水は進む力。
銀の水は立ち止まり、
心を抱く力。」
倭姫命の裳が触れた水は、
いまや人の魂とともに息づく。
◆天照の声
水が静まり、
森の奥で光が揺らめく。
天照大御神の氣が降りる。
「優よ。
人を導くは裁きにあらず。
混じり、抱き、照らす者。」
「恐れを捨てよ。
それは敵にあらず、
ただ、古き皮。」
「金を賜い、銀を賜う。
その二つで魂を運べ。」
川が静かに深呼吸するように揺れる。
五十鈴川は、
いまも御裳濯の川のまま。
清め、祓い、そして――魂を照らす。
◆結び
金の水は光の剣。
銀の水は魂の器。
倭姫命の裳を濯いだ流れは、
現代も人の心に触れ、
頭の声を澄まし、
魂を起こす。
優は水を胸へ寄せ、
そっと目を閉じる。
「揺れは道。
光は中に。
私はその橋。」
五十鈴川の風がひとすじ走る。
天と地がふたたび繋がる。
伊勢の水は今日も、
魂を洗い、未来を照らす。
