言い訳を次々と作って守ってしまう。
果たしてあなたの思考は正論に見えて、本当は守るものの順番が違うのでは。
人は苦しくなると、
自分を守ろうとします。
それは悪いことではありません。
むしろ、傷つき過ぎてきた人ほど、
無意識に自分を守る術を覚えていくものです。
傷つかないように。
失敗しないように。
否定されないように。
失わないように。
そのために思考は、
いくらでももっともらしい理由を作り出します。
今はまだその時ではない。
もう少し様子を見た方がいい。
相手にも事情がある。
自分が動いても無駄かもしれない。
ここで我慢した方が丸く収まる。
私さえ我慢すればいい。
今は準備不足だ。
タイミングが悪い。
お金がない。
時間がない。
体調が整ってから。
もう少し気持ちが落ち着いてから。
そうやって、
次々と言い訳のようなものを作りながら、
自分の今の位置を変えずに済むようにしていくのです。
けれどここで、
一つ見つめてほしいことがあります。
その思考、
本当に正しいのでしょうか。
確かに理屈としては通っている。
誰が聞いても「それはそうだよね」と言える。
だから自分でも納得できてしまう。
周りに話しても、大きく否定されにくい。
ですが、
正論に見えることと、
本当に人生を正しい方向へ進めることは、
同じではありません。
もっと言えば、
その正論の中に、
“守る順番の間違い”が隠れていることがあるのです。
本来、守るべきものは何なのか。
あなたの未来なのか。
あなたの心なのか。
あなたの人生そのものなのか。
それとも、
今だけ傷つかない自分なのか。
嫌われたくない気持ちなのか。
波風を立てたくない都合なのか。
現実を見たくない弱さなのか。
ここを間違えると、
人は正論を使って、
人生を止めます。
本当は前に進まなければならない場面なのに、
「慎重さ」という言葉で止まる。
本当は離れなければならない相手なのに、
「情」や「理解」という言葉で残る。
本当は変わらなければならないのに、
「自分らしさ」を理由に変わることを拒む。
本当は決断しなければならないのに、
「今はまだ」と言い続けて先延ばしにする。
それは一見、
落ち着いた判断に見えます。
大人の対応にも見えます。
感情に流されない賢い選択にも見えるでしょう。
ですが実際には、
ただ傷つくことを避けているだけ、
責任を背負うことから逃げているだけ、
変化の痛みから身を守っているだけ、
ということが少なくありません。
人は、
守るものの順番を間違えると、
小さな安心のために大きな未来を失います。
その場の平穏を守るために、
人生全体の流れを崩してしまう。
今の関係を壊したくないがために、
もっと大事な自分の尊厳を削ってしまう。
嫌われたくないがために、
本当の気持ちをずっと閉じ込める。
失敗したくないがために、
挑戦する機会そのものを手放していく。
そして年月が経った時、
あの時の自分は間違っていなかった、ではなく、
あの時の自分は“守る順番”を間違えていたのだと
気づかされるのです。
厳しいことを言います。
言い訳が多くなる時というのは、
大抵、心のどこかで
「このままではいけない」と
もう気づいています。
本当に何も感じていない人は、
そこまで理由を並べません。
説明が増える。
理屈が増える。
正しさを証明したくなる。
理解してもらおうとする。
自分で自分を納得させようとする。
それはつまり、
本音が別のところにあるからです。
本音は知っているのです。
このままではいけない。
本当は動かないといけない。
本当は向き合わないといけない。
本当は終わらせるべきだ。
本当は始めるべきだ。
本当は認めるべきだ、と。
でもそれを認めると、
痛い。
苦しい。
怖い。
だから思考が、
立派な言葉を並べて守りに入るのです。
しかし、
守ることばかりを優先した人生は、
次第に力を失っていきます。
守って、守って、守って、
最後に何が残るのか。
傷つかない代わりに、
喜びも小さくなる。
失敗しない代わりに、
何も得られなくなる。
波風を避けた代わりに、
魂が動かなくなる。
それでは、
生きているようで、
本当の意味では生き切れていません。
守るなと言っているのではありません。
守るなら、
守るべき順番を間違えないでほしいのです。
一時の感情より、人生を守る。
見栄より、真実を守る。
体裁より、心を守る。
惰性より、未来を守る。
相手の顔色より、自分の尊厳を守る。
逃げ道より、本来進むべき道を守る。
この順番が整ってくると、
思考の作る“正論”も変わってきます。
ただ自分を守るための理屈ではなく、
本当に人生を良くするための判断へと変わっていくのです。
今のあなたは、
何を守っていますか。
その守り方は、
本当にあなたを生かしていますか。
それとも、
正論という服を着た言い訳で、
自分を動かなくしているだけではないですか。
人は、
守る順番が変わると、
生き方が変わります。
決断も変わります。
選ぶ相手も変わります。
付き合う人も変わります。
言葉も行動も変わります。
そして流れも変わっていきます。
苦しい時ほど、
思考は正しそうなことを言います。
ですがその正しさが、
あなたの魂を前に進める正しさなのか、
ただ現状維持を守るための正しさなのか、
そこは見誤ってはいけません。
本当に守るべきものを守る人は、
時に痛みも引き受けます。
時に嫌われることも受け入れます。
時に終わらせる決断もします。
時に孤独も越えていきます。
その先にしか、
本当の変化も、
本当の幸せも、
本当の安らぎもないからです。
言い訳をやめた時、
人生は動き出します。
正論を疑えということではありません。
その正論が、
何を守るために生まれているのか。
そこを見つめてください。
守る順番を間違えた思考は、
あなたを安全にはしても、
幸せにはしないことがあるのです。