私は、愚か者だと改めて思いました。
長い人生の中で、
何度も何度も波乱万丈を繰り返し、
その度に学んできたはずでした。
人の痛みも
命の重みも
感謝の意味も
分かっていた“つもり”でした。
でも――
まだまだ青二才だったのです。
今回の病気。
緊急で運ばれ、
何が何だか分からないまま入院、手術。
担当医を外した判断も含め
現場は混乱し
その後の治療も思うようには進まなかった。
「命を取るのか、足を取るのか」
そんな選択の中で
私はある道を選びました。
そして――退院。
入院していれば
お金はかかる。
そして
その間は稼ぐことができない。
現実は止まってくれない。
だから私は
「退院して働けばどうにかなる」
そう考えました。
でも、その考えは甘かった。
何が甘かったのか。
それは
“自分一人の問題だと思っていたこと”です。
この地に身寄りのない私に
寄り添ってくれたのは
さくら先生でした。
毎日の介護。
徹底した衛生管理。
菌から守り抜くための細かな気遣い。
看護師ですら
「ここまで毎日やるのは無理」
そう言い切る現実を
3年間――
ただひたすらに続けてくれているのです。
本来なら
一人ではどうにもならなかった私が
「退院して働けばどうにかなる」
その甘い考えで動いた結果
さくら先生の人生までも
変えてしまうことになったのです。
これは
どれだけ謝っても足りない現実です。
この3年の中で
心臓の手術
冠動脈3本すべての詰まり
手術途中での中断
波乱という言葉では足りない現実が続きました。
今の私は
心臓は左半分しか動いていない
冠動脈はすべて詰まっている
それでも一本の血管で命が繋がっている
――それで、生きている。
ここでも私は、また間違えました。
何度も失いかけた命があるのに
足もあり、歩けているのに
「いずれ完治する」という状態にいるのに
焦る
苛立つ
求める
「なぜ私はこうなんだ」と。
欲が出たのです。
そして、崩れました。
本来なら
生きている
足がある
歩ける
それだけで十分すぎる現実。
なのに私は
その“当たり前ではない奇跡”を忘れ
理想ばかりを見てしまった。
気づけば
人に「欲張るな」と言いながら
自分が一番欲張っていた。
本当に、馬鹿な人間です。
人は上を見て歩きます。
でも
望みすぎると
進めなくなる。
昔の自分を思い出しました。
必死にもがき
上に行こうとした時ほど
上がれなかった。
でも
今ある現実に感謝した時だけ
自然と流れは動いた。
願いは、叶った。
この“方程式”を
私は知っていたはずなのに
また忘れてしまった。
今回
私の身勝手な判断が
さくら先生に多大な負担をかけてしまいました。
これは事実です。
逃げません。
そして、この記事を読んでくださっている皆様へ。
私は、まだこの程度の人間です。
偉そうに伝えていることも
完璧に出来ているわけではありません。
こうして崩れ
気づき
また戻る
その繰り返しです。
ここから、またやり直します。
そして、忘れてはいけないことがあります。
私も
そして皆さんも
同じように迷い
同じように欲に揺れ
同じように間違える
私も皆さんも、同じ人間なのです。