人は――
自分一人で、
人生を歩いていると思っています。
自分で悩み。
自分で苦しみ。
自分で決め。
自分で選び。
自分で生きていると。
ですが私は、
長年、
人の魂を見続けてきて思うのです。
本当に、
そうなのだろうか…と。
人には、
見えている人生があります。
ですがその奥には、
絶対に目には映らない“流れ”がある。
それが――
縦のライン。
そして、
横のライン。
縦のラインとは、
魂の流れです。
今世だけでは終わらない。
もっと奥。
もっと深い場所。
人として生まれる前から、
魂が持ち続けている流れ。
何故、
この人生なのか。
何故、
この家系なのか。
何故、
この人を愛したのか。
何故、
同じ苦しみを繰り返すのか。
何故、
逃げても逃げても、
また同じ場所へ戻されるのか。
その答えは、
思考では届かない場所にあります。
魂は、
知っているのです。
「今回、
何を越える為に来たのか」を。
ですが人は、
生きれば生きるほど、
思考に覆われていく。
不安。
恐れ。
執着。
比較。
現実。
損得。
すると、
魂の声は静かになっていく。
ですが――
魂のラインは、
消えません。
どれだけ苦しくても。
どれだけ道を外しても。
どれだけ自分を嫌いになっても。
縦のラインは、
静かに、
その人を“本来の地点”へ戻そうとし続ける。
だから人生には、
説明出来ない引力がある。
「何故か気になる」
「何故か忘れられない」
「何故か離れられない」
「何故か戻ってしまう」
それは、
感情だけではありません。
魂のラインが、
動いているのです。
そしてもう一つ。
横のライン。
それは、
一族の流れ。
ご先祖の流れ。
血の流れ。
守り。
願い。
止め。
支え。
引継ぎ。
人は、
一人のようで一人ではない。
自分が笑う時。
自分が苦しむ時。
自分が人生を諦めかける時。
その後ろには、
何代もの想いが立っている。
そして時には――
横のラインは、
人生を止めます。
進ませない。
壊させない。
敢えて、
崩す。
敢えて、
終わらせる。
人はそれを、
不幸だと思う。
ですが違う場合がある。
「あのまま進めば、
本当に壊れてしまう」
そう判断した時。
横のラインは、
強制的に流れを変える事がある。
だから人生には、
意味の分からない別れもある。
意味の分からない停止もある。
何故か進まない。
何故か崩れる。
何故か戻される。
ですがその裏側では――
縦のラインと、
横のラインが、
静かに交差している。
魂の目的。
一族の流れ。
その二つが、
一致する地点。
そこへ、
人は導かれているのです。
だから私は、
時々思うのです。
人は、
本当に一人で歩いているのだろうか…と。
苦しい時。
泣いている時。
誰にも分かってもらえない時。
「もう無理だ」
そう崩れ落ちそうな時ですら――
見えない場所では、
何かが必死に、
その人を守ろうとしている。
名前を知る必要はありません。
形を知る必要もありません。
ですが確かに――
あなたの魂のラインの“ひかり”を、
今もなお、
静かに見守り続けている存在が居る。
人は、
思考だけで生きているのではない。
もっと深い場所。
もっと静かな場所。
そこには、
今世だけでは終わらない流れが存在している。
そしてその流れは、
今日も静かに、
あなたを“本来の場所”へ戻そうとしているのです。