三重県伊勢市霊感霊視『心の架け橋』

伊勢の地から届ける、霊感霊視と魂の声の記録

『なぜ私は伊勢へ来たのか ― 5年経った今、見えてきたもの』

伊勢へ ― 私が引き寄せられた理由

私は昔から不思議でした。

なぜ伊勢なのだろう。

なぜここまで伊勢に惹かれるのだろう。

観光地として好き。

神社が好き。

そんな単純な話ではありません。

もっと深い場所。

もっと説明の出来ない場所で、

私は伊勢に呼ばれ続けていました。

そして今、

伊勢へ移住してから早くも5年が経過しました。

振り返れば、

私は余命宣告を受けるほど身体を壊し、

何度も人生の終わりを意識しました。

普通なら、

未来を諦めてもおかしくない状態でした。

ですが、

終わるはずだった人生は終わらなかった。

生かされた。

残された。

その感覚の方が強いのです。

だから私は思います。

あの時、

命を残された事にも意味があったのだと。

そして、

その流れの先にあったのが伊勢でした。

私は霊視を続ける中で、

自分自身の過去世にも何度も触れてきました。

その中で感じる事があります。

私は過去世において、

南伊勢の地に生きていた。

そして、

天照大御神をお祀りする流れ。

内宮を守る流れ。

その一端に関わっていた。

そんな感覚が強く残っているのです。

もちろん、

証明出来るものではありません。

ですが魂は覚えています。

懐かしいのです。

初めて来た場所ではない。

帰ってきた。

その感覚なのです。

さらに興味深いのは、

私が深く縁を感じている存在です。

それが、

虚空蔵菩薩です。

私は伊勢へ来る前から、

何故か虚空蔵菩薩に強く惹かれていました。

そして伊勢へ来てから、

その感覚はさらに強くなりました。

伊勢と言えば天照大御神。

多くの人はそう考えるでしょう。

ですが私は、

天照大御神だけではなく、

内宮を守る鬼門の流れへも意識が向くのです。

何故なのだろう。

そう考え続けてきました。

答えは今でも分かりません。

ですが、

魂は知っているのでしょう。

守る役目。

支える役目。

前へ出るよりも、

後ろから支える役目。

その流れを持っていたのかもしれません。

私は神様ではありません。

偉い人間でもありません。

ただの人間です。

ですが、

人の苦しみを見る仕事を続けています。

恋愛。

夫婦関係。

離婚。

別れ。

病。

孤独。

絶望。

人生には、

誰にも言えない苦しみがあります。

笑顔の裏側で、

涙を流している人もいます。

誰にも相談出来ず、

一人で抱え込んでいる人もいます。

私はそんな人達と向き合い続けてきました。

気が付けば、

50年近くになります。

数え切れない人生。

数え切れない涙。

数え切れない願い。

その全てに触れながら、

私が感じ続けてきた事があります。

私の役目は、

未来を当てる事ではない。

恐怖を与える事でもない。

依存させる事でもない。

人を支える事。

人生を諦めそうな人に、

もう一度だけ前を見る力を渡す事。

守護霊様。

ご先祖様。

守り本尊。

神様。

目には見えない存在達と、

今を生きる人との架け橋になる事。

それが私の役目なのだと思います。

だから屋号も、

「心の架け橋」

になったのでしょう。

私は人と神を繋ぎたい訳ではありません。

人と人を繋ぎたい訳でもありません。

本当に繋ぎたいのは、

人と魂です。

自分自身の魂。

ご先祖様の想い。

守護霊様の願い。

守り本尊から注がれている愛。

そして、

生きる意味。

そこを思い出してもらうために、

私はこの仕事を続けています。

伊勢は私にとって特別な土地です。

神宮があるからではありません。

有名だからでもありません。

魂が帰る場所だからです。

苦しい時も。

迷う時も。

諦めそうな時も。

私は伊勢の空を見上げます。

すると、

不思議と心が静かになる。

「まだ役目は終わっていない」

そんな気持ちになるのです。

余命を越えて生きた5年。

それは偶然ではない。

南伊勢の過去世。

虚空蔵菩薩との御縁。

天照大御神の流れ。

内宮を守る鬼門の力。

そして、

今こうして人の心と向き合う仕事。

全てが一本の線として繋がっています。

だから私は今日も伊勢にいます。

余命を越え、

様々な出来事を乗り越え、

気が付けばこの地で5年という歳月が流れました。

不思議なものです。

あれほど強く引き寄せられた伊勢。

帰る場所のように感じている伊勢。

ですが、

この先の事は分かりません。

私は今、伊勢にいます。

けれど、

これから先もずっと伊勢にいるのか。

それとも別の場所へ導かれるのか。

それは私が決める事ではなく、

神のみぞ知る事なのだと思っています。

人は未来を知る事は出来ません。

だからこそ、

今ここにいる意味を大切にしたい。

今ここで出会う人を大切にしたい。

今ここで果たすべき役目を大切にしたい。

そう思うのです。

私は今日も伊勢にいます。

それは自分の意思だけではなく、

何か大きな流れに導かれている結果なのかもしれません。

そして明日は――

誰にも分かりません。

私にも分かりません。

だからこそ、

今日という一日を大切に生きる。

目の前で苦しむ人がいるなら寄り添う。

涙を流している人がいるなら話を聞く。

人生を諦めそうな人がいるなら、

もう一度だけ前を見る力を届ける。

それが私に与えられた役目なのだと思っています。

南伊勢の過去世も。

虚空蔵菩薩との御縁も。

天照大御神の流れも。

余命を越えて残された命も。

全ては、

この仕事へ繋がるためだったのかもしれません。

だから私は感謝しています。

伊勢という土地に。

ご縁を繋いでくださった神仏に。

見守り続けてくださるご先祖様に。

そして、

今こうして出会ってくださる皆様に。

私の役目が終わるその日まで――

私はこれからも、

人と魂を繋ぐ架け橋として歩み続けたいと思います。