ご自身の「祈らずにはいられない」という心情が伝わるよう、より深く、静かに語りかける記事にしました。
人生には、自分ではまだ気づいていなくても、大きな分岐点に立っている時があります。
その時、人は迷います。
進むべきか。
立ち止まるべきか。
信じるべきか。
諦めるべきか。
その一つ一つの思考が積み重なり、未来という現実を創り上げていきます。
今回、この話をするのは初めてになります。
実は最近、私が深夜の伊勢神宮内宮へ向かい、宇治橋前で御祈願を続けている理由があります。
誰かから「祈ってください」とお願いされた訳ではありません。
商品でもありません。
企画でもありません。
ただ、一人の人間として、ご縁をいただいた皆様へ感謝を伝えたい。
「出会ってくださり、本当にありがとうございます。」
その想いを神様へ届けたくなっただけなのです。
長年、多くの方々と向き合ってきました。
笑顔で来られる方。
涙を流しながら来られる方。
何年も苦しみ続け、それでも前を向こうと必死に歩いておられる方。
その一人一人の人生に触れるたび、私は人の人生の重さを感じ続けてきました。
だからこそ最近、強く感じることがあります。
「あの方は今、大きな人生の分岐点に立っている。」
「今、この瞬間が、その方の未来を大きく左右する時なのだろう。」
そんな方々が、私の周りには何人もおられるのです。
もちろん、私一人の祈りで人生が変わるとは思っていません。
人には人の意思があります。
相手にも思考があります。
家族がいます。
友人がいます。
環境があります。
そして、その数だけ様々な想いが存在します。
人生とは、一人だけで動いているものではありません。
だからこそ、現実を動かすことがどれほど難しいことなのかも知っています。
それでも私は、祈らずにはいられないのです。
ほんの少しでも心が軽くなるように。
ほんの少しでも良い方向へ風が吹くように。
ほんの少しでも勇気を持って前へ進めるように。
そんな願いを込めて、静まり返った深夜の宇治橋前で手を合わせています。
その時間、不思議と説明のつかない神秘的な出来事に何度も立ち会ってきました。
偶然では片付けられないような出会い。
言葉では表現しきれない空気。
神様の存在を静かに感じさせる瞬間。
その度に私は、「まだ祈りを続けなさい」と背中を押されているような気持ちになります。
どこまで私がお役に立てるのかは分かりません。
結果を約束することもできません。
ですが、私にできることがあるのなら、できる限り続けていきたい。
それが、ご縁をいただいた皆様への恩返しであり、感謝の形だと思っているからです。
もし、この文章を読んで胸の奥で「もしかしたら私のことかもしれない」と感じられた方がおられましたら、その感覚を大切になさってください。
魂は時に、思考より先に答えを知っています。
その小さな気づきが、未来への大切な一歩になることもあります。
私はこれからも、伊勢の静寂の中で、ご縁をいただいた大切な方々の幸せを願い続けます。
神秘的な出来事に包まれながら。
感謝の心を忘れることなく。
ただ静かに、皆様の歩まれる未来が光に満ちたものとなるよう、今日もまた手を合わせたいと思います。
