三重県伊勢市霊感霊視『心の架け橋』

伊勢の地から届ける、霊感霊視と魂の声の記録

思考で恋する、魂で恋する。あなたの恋はどちらですか?

思考で恋する。
魂で恋する。

あなたは、その違いを知っていますか?
そして、あなたの恋は、どちらでしょうか。

「どうして連絡をくれないの?」
「私のことを、どれくらい好きなの?」
「いつになったら、望む関係になれるの?」

相手の言葉や行動を一つずつ確かめて、自分が安心できる答えを求め続ける。答えをもらっても、また次の不安が生まれてしまう。

好きなはずなのに、相手への不満ばかりが増えていく。

その時、あなたの恋を動かしているのは、相手を思う気持ちでしょうか。それとも、あなたの不安を満たしてほしいという思考でしょうか。

思考で恋をすると、自分の中にある「恋人ならこうするはず」「好きならこうしてくれるはず」に、相手を当てはめようとしてしまいます。

目の前の相手を見るよりも、思い描いた恋の形を求めてしまうのです。

私が「魂で恋する」と呼ぶのは、もっと深く、その人自身へ心が向く恋です。

何を喜び、何に傷つく人なのか。
どんな思いを抱え、どんな毎日を生きているのか。

自分の望みを伝えると同時に、相手の思いにも耳を傾ける。違いがあっても、すぐに愛が足りないと決めつけず、二人で向き合おうとする。

ただ欲しい。
ただ離したくない。

その気持ちだけでは見えなかった相手の姿が、見えてくるのです。

けれど、魂で恋するとは、何をされても我慢することではありません。自分を傷つけ続ける関係に、魂の縁という名前をつけて耐えることでもありません。

相手を大切にする。
そして、自分も大切にする。

その両方を忘れずに、恋を育てていくことです。

あなたは、その人を愛していますか。

それとも、その人がくれるはずの安心を求めていますか。**

誰にでも、不安や欲はあります。だからこそ、それに飲み込まれた時には、一度立ち止まってほしいのです。

「私をどう思うの?」と問い続ける前に、
「私は、この人をどれほど理解しているだろう」と。

思考で恋する。
魂で恋する。

今、あなたの恋を動かしているのは、どちらでしょうか。

優


あなたを飲み込む「竜巻思考」―その渦の外へ出てみませんか

自分の思考に飲み込まれ、「竜巻思考」に入り込んでいる方々へ。

竜巻の中では、目が回るでしょう。
苦しいでしょう。辛いでしょう。

不安が次の不安を呼び、一つの言葉からいくつもの想像が広がっていく。まだ起きていないことまで、頭の中では何度も起きてしまう。

考えても考えても落ち着かない。
答えを探しているのに、ますます分からなくなる。

あなたは今、その渦の中で、必死に何かを見ようとしているのかもしれません。

けれど、目が回っている時には、目の前のことも確かに捉えられません。相手の言葉も、自分の気持ちも、不安に巻き込まれて見えてしまいます。

少し、考える手を止めてください。

今、実際に起きていることと、あなたが頭の中で想像していること。その二つを、ゆっくり分けてみてください。

すぐに答えを出さなくてもよいのです。
同じ問いを、何度も自分に突きつけなくてもよいのです。

竜巻の外へ、一歩。

足の裏が床に触れている感覚。
窓から見える景色。
飲み物の温かさ。

今ここにあるものへ、少しずつ目を向けてみてください。

渦の外では、目が定まってきます。
張り詰めていた心も、少しずつ和らぎます。

その時に、もう一度見てください。

あなたを苦しめているのは、目の前の出来事でしょうか。それとも、その出来事を何度も大きく巻き上げている思考でしょうか。

竜巻の中で、考え続けなくてよいのですよ。**

落ち着いてから見えることがあります。
心が和らいでから、選べる道があります。

あなた自身の思考に、あなたの一日を飲み込ませないでくださいね。

優

子供に背負わせた苦しみ、親の責任から目をそらさないでください

子供の苦しみには、親が悪いとはっきり言わなければならないことがあります。

子供を傷つけ、追い詰め、自分の気持ちを言えなくさせた。その関わりを「子供のためだった」という言葉で済ませてはいけません。

親に責任があるのです。

幼い子供は、親を選べません。家庭の当たり前を疑うことも、そこから離れて暮らすことも、簡単にはできません。

その子供に、親の不安を背負わせる。
親の怒りを受け止めさせる。
親の望む答えを言わせる。
従わなければ責め、逆らえば愛情を引き上げる。

それを繰り返しておきながら、大人になった子供に「なぜ自分で決められない」「なぜそんな相手から離れられない」「なぜ普通に生きられない」と言う。

そうなるまで、あなたは子供に何をしてきたのですか。**

大変厳しい言葉ですが、目をそらしてはいけません。私がお受けするご相談の中でも、深く、重く、長く続いている問題の一つです。

私が「一族から引き継ぐ横のラインの負の部分」と呼ぶもの。それは、家庭の中で「当たり前」として繰り返される関わりにも表れます。

我慢させること。
支配すること。
世間体のために、本当の気持ちを押し殺させること。
家族の問題を、弱い立場の一人に背負わせること。

あなた自身も、そう育てられたのかもしれません。

けれど、**自分もされたからといって、子供にしてよい理由にはなりません。**

受け継いだ重さに、あなた自身の思考や感情まで上乗せする。その全てが、子供にのしかかるのです。

子供の性格のせいにしないでください。
弱い子だからと片づけないでください。
感謝が足りないと責めないでください。

親が傷つけたところは、親が認めなければ、話が始まりません。

「そんなつもりはなかった」

それは、親の言い分です。子供がどう傷ついたのかを聞く前に、その言葉で口を塞がないでください。

取り戻せない幼少期があります。
戻せない時間があります。
大人になってからも、人生の選択を縛り続ける言葉があります。

だからこそ、今、止めてください。

まず親が、自分のしてきたことを認める。
言い訳をせずに謝る。
子供を思い通りに動かそうとする関わりをやめる。
謝ったからといって、すぐに許すことまで求めない。

子供に変われと言う前に、親が変わるのです。

全ての問題が親のせいだとは言いません。けれど、親に責任がある問題まで曖昧にすれば、また子供だけが背負わされます。

親が悪かった。その事実を認めることからしか、始められない関係があるのです。**

嫌な話だからこそ、読んでください。
大切な我が子のことだからこそ、目をそらさないでください。

優

わずか一秒、命を守ってくれたご先祖様の知らせ

直感が、命を守ってくれた。

ある女性から、こんなお話をお聞きしました。

出かけようと車のエンジンをかけた時、何かを感じたそうです。はっきりとした理由は分からない。それでも、その違和感が気になり、出発を少し遅らせた。

そのわずかな時間が、大きな事故に巻き込まれることを避ける時間となったそうです。

もし、数秒早く出ていたら……。
そう思うと、胸が震えますね。

私は、彼女のご先祖様が、その違和感を通して「少し待ちなさい」と伝えてくださったのだと感じました。

こうしたお話は、よくお聞きします。

数秒。
時には、たった一秒。

私たちが普段、気にも留めずに過ごしている短い時間が、命を分けてしまうことがあるのです。

守ってくださるとは、必ずしも、目の前に姿を現して何かを伝えてくださることだけではありません。

ふと気になる。
なぜか立ち止まる。
いつもとは違う感じがする。

そんな小さな感覚の中に、私たちを守る働きかけがあるのかもしれません。

そして、気づかないまま守られ、何事もなく帰ってこられた日もあるのでしょう。

だからこそ、守られたと分かった時だけではなく、普段から感謝を忘れずにいたいですね。

今日も無事に出かけられたこと。
今日も無事に帰ってこられたこと。
大切な人と、いつものように話せたこと。

当たり前のように続いている毎日は、決して当たり前ではないのです。

「いつも見守ってくださり、ありがとうございます」

何も起こらなかった一日の終わりにも、その言葉を、そっと届けてくださいね。

優

『時間・欲・不安・安心』あなたは大切なお金を何に使っていますか?


お金とは、本当に不思議なものですね。

人は、生きていくためにお金を使います。

食べるため、暮らすため、大切な人を守るため。

そして、楽しむため、幸せになるため。

しかし、その一方で、人は不安になるためにもお金を使っていることがあるのです。

時間を買う人。欲を満たす人。不安を消そうとする人。安心を求める人。**

同じ一万円でも、その使い道によって、人生にもたらすものは大きく変わってくるのではないでしょうか。

欲しいものを手に入れた瞬間は嬉しい。

けれど、また次の欲が生まれる。

不安を消したくてお金を使う。

一時的には安心できても、数日後には再び不安が押し寄せてくる。

そして、また安心を求めてお金を使う。

その繰り返し。

気がつけば、お金も時間も失っている。

それなのに、肝心な人生は何も変わっていない。

そんなことはありませんか?

私は長い年月、様々な人生を見つめてきました。

お金を使ったことで、大きく人生を変えられた方もいらっしゃいます。

反対に、どれだけお金を使っても、同じ場所から抜け出せない方もいらっしゃいました。

その違いとは何なのでしょう。

私は、**お金を使う目的と、その後の自分自身の生き方**に、大きな違いがあるように思うのです。

安心したいから使うのか。

自分を変えるために使うのか。

現実から逃げるために使うのか。

現実と向き合うために使うのか。

似ているようで、まったく違うのですね。

そして、もう一つ。

お金は働けば再び手にすることができるかもしれません。

しかし、失った時間だけは、どれだけお金を積んでも戻ってきません。

ここを忘れてはならないのです。

恋愛も、夫婦も、親子も、人間関係も同じです。

悩んで、迷って、不安になって。

明日こそ、来月こそ、来年こそ。

そうしているうちに、一年、二年、五年と過ぎていく。

その時間の中で、相手の気持ちも、環境も、自分自身の人生も変わっていきます。

お金を失うことを恐れながら、それ以上に大切な時間を失っている。**

私は、そのことが何よりも切なく感じるのです。

だからといって、お金を使えば人生が変わるわけではありません。

高いお金を使えば幸せになれるわけでもありません。

本当に必要なことを理解し、自分自身が行動しなければ、何も変わらないことだってあるのです。

逆に、ほんの小さなきっかけが、その後の人生を大きく変えることもあります。

大切なのは金額ではない。

そのお金が、あなたの未来に何を残してくれるのか。**

そこなのだと思います。

今、あなたが大切に握りしめているお金。

そのお金は、あなたを守っていますか?

それとも、お金を失う恐怖が、あなたの人生を止めていませんか?

欲に使うお金。

不安に使うお金。

安心に使うお金。

そして、幸せな未来を築くために使うお金。

どれが正しく、どれが間違いだと簡単に決められるものではありません。

ただ、私は思うのです。

人生の終わりに振り返ったとき、あのお金を使って良かった。あの決断をして良かった。あの時間を無駄にしなくて良かった。**

そう思える生き方をしていただきたいのです。

お金を残すことも大切でしょう。

しかし、お金だけを残して、後悔ばかりの人生になってしまっては寂しいですね。

安心を買い続ける人生ではなく、安心して生きられる自分自身を育てていく。

不安から逃れるためだけにお金を使うのではなく、不安の原因を理解し、乗り越えていくために使う。

そして何より、限られた人生の時間を大切にする。

私が皆さんにお伝えしたいのは、そのようなことなのです。

最後に、もう一度お尋ねします。

あなたは今、大切なお金を何のために使っていますか?**

そして、そのお金の使い方によって、あなたの人生は本当に幸せへと向かっていますか?

お金とは不思議なものです。

使えば減るものなのに、使い方によっては、人生にお金以上の大切なものを残してくれる。

反対に、使わずに守り続けたことで、二度と戻らない大切なものを失ってしまうこともある。

だからこそ、お金も時間も、使いどころを見誤らないでくださいね。

お金は人生を生きるためのもの。お金を守るためだけに、人生を生きているのではありません。**

どうか、この違いを忘れないでください。

鑑定師・優

【50年以上、見続けてきた人生。幸せになれたはずなのに……】


長い、長い年月でした。

50年以上ですよ。

人の人生を見つめ、人の幸せを願い、時には一緒に喜び、時には涙を流しながら、私は今日まで歩んできました。

その中で、何度も何度も感じてきたことがあります。

あの時、ご先祖様の声を信じてくれていたら。**

あの時、途中で諦めず、信じる心を持ち続けてくれていたら。**

あの時、自分の思考よりも、伝えられた大切な言葉を信じてくれていたら。**

今頃、どれほど違う人生を歩んでいたのだろうかと。

途中が辛くてもよかったのです。

時間がかかってもよかったのです。

すぐに結果が出なくてもよかったのです。

大切なのは、幸せへ向かっている道を、自分の思考だけで勝手に閉ざさないことだったのです。

ご先祖様から伝えられる言葉には、時として、今のあなたには理解できないこともあります。

今すぐには納得できないこともあります。

それでも、長い人生の先を見据えて伝えられている言葉があるのです。

私は、そのような言葉を50年以上、伝え続けてきました。

しかしね。

最後の最後に邪魔をしてしまうものがあるのです。

それが、あなた自身の思考なのですよ。**

傷つきたくない。

失敗したくない。

これ以上、辛い思いをしたくない。

自分の考えが間違っているとは思いたくない。

そうやって、あなたの思考は必死になってあなたを守ろうとするのです。

けれど、その守り方が間違っていたとしたら、どうでしょう。

幸せになるために必要なことを拒み、幸せへ進むための勇気を奪い、本当に大切なものから遠ざけてしまう。

そして、いつしか自分の思考が作り上げた安心を、幸せだと思い込んでしまうのです。

あなたの思考は、あなたを守り通したのです。**

本当の幸せとは違う、間違った幸せへと。**

私は、それが悲しかった。

本当に悲しかったのです。

あと少しだったのに。

もう少し信じてくれていたら。

あの一歩を踏み出してくれていたら。

あの時、思考に負けず、伝えられた言葉を胸に歩み続けてくれていたら。

幸せになれたかもしれない。

そんな人生を、数え切れないほど見てきました。

これは、恋愛だけの話ではありません。

夫婦のこと、親子のこと、家族のこと、仕事のこと、人間関係のこと。

そして、自分自身の人生の生き方そのものです。

自分の思考が正しいと信じて、何十年も歩んできた人。

何度も同じところで立ち止まり、同じ苦しみを繰り返してきた人。

幸せになりたいと願いながら、幸せへ向かう道を自分自身で閉ざしてしまった人。

そのような方々を、私は長い年月、見つめ続けてきたのです。

それでも、私は伝えました。

諦めずに伝えました。

いつか気づいてくれるだろう。

いつか分かってくれるだろう。

いつか、ご先祖様からの言葉の意味を理解してくれるだろう。

そう信じて、何度も何度も。

しかし、人生には時間というものがあります。

待ってくれる時間にも限りがあります。

相手が待っていてくれる時間にも限りがあります。

ご先祖様から伝えられた言葉を、生かせる時期というものもあるのです。

気づいた時には、もう戻れない人生もあるのですよ。**

この言葉を伝えることが、私には何より辛いのです。

そして、私も爺となりました。

若い頃のようにはいきません。

随分と長い年月を生きてきたものだと、自分でも思います。

人の幸せを願い続けて50年以上。

嬉しい奇跡のような出来事も、たくさん見せていただきました。

幸せを掴んだ方々も、数え切れないほどおられます。

その一方で、あと少しのところで、自分の思考に邪魔されてしまった人生も見てきました。

年齢を重ねるほど、その一つ一つが心に残るようになりました。

あの人は、今頃どうしているのだろう。

幸せに暮らしているだろうか。

あの時、私が伝えた言葉を思い出してくれることはあるのだろうか。

そんなことを、ふと考えることがあります。

でもね。

仕方がないのですよね。

あなたの人生なのですから。**

私が代わりに生きることはできません。

ご先祖様が代わりに決断することもできません。

どれほど大切な言葉を伝えても、最後に選ぶのは、あなた自身なのです。

だからこそ、切ないのです。

私がいつまでも、あなたの前で伝え続けられるとは限りません。

あと何年、こうして皆さんに大切な言葉を届けられるのか。

それは私にも分かりません。

ただ、一つだけ、最後まで伝えたいことがあります。

自分の思考が、必ずしも自分を幸せにするとは限らないのですよ。**

そのことだけは、どうか忘れないでください。

ご先祖様の声を信じ、伝えられたことの意味を考え、必要な時には自分の思考を変える勇気を持ってほしいのです。

途中が辛くても、長くても、本当に大切なものを見失わないでほしいのです。

私は、皆さんが幸せになる姿を見たいのです。

ただ、それだけなのですよ。

50年以上、人の人生と向き合ってきて、最後に残る願いは、そんな単純なことなのです。

あの時、信じてくれていたら。

あの時、諦めないでいてくれたら。

あの時、自分の思考に負けなかったら。

幸せになれたのにな……。**

もう、そんな言葉を心の中で繰り返すのは、できるだけ少なくしたいものです。

私も爺となりました。

随分と長く生きてきました。

それでも、今なお、人の幸せを願い、人の人生を案じている自分がいます。

時々、思うのです。

これほど長く、人の幸せを願い続けてきたのに、どうして幸せになることを、自分自身で拒んでしまう人がいるのだろうと。

答えは分かっているのです。

それでも、切ないものは切ないのですよ。

人生とは、本当に切ないものですね。**

鑑定師・優