長い、長い年月でした。
50年以上ですよ。
人の人生を見つめ、人の幸せを願い、時には一緒に喜び、時には涙を流しながら、私は今日まで歩んできました。
その中で、何度も何度も感じてきたことがあります。
あの時、ご先祖様の声を信じてくれていたら。**
あの時、途中で諦めず、信じる心を持ち続けてくれていたら。**
あの時、自分の思考よりも、伝えられた大切な言葉を信じてくれていたら。**
今頃、どれほど違う人生を歩んでいたのだろうかと。
途中が辛くてもよかったのです。
時間がかかってもよかったのです。
すぐに結果が出なくてもよかったのです。
大切なのは、幸せへ向かっている道を、自分の思考だけで勝手に閉ざさないことだったのです。
ご先祖様から伝えられる言葉には、時として、今のあなたには理解できないこともあります。
今すぐには納得できないこともあります。
それでも、長い人生の先を見据えて伝えられている言葉があるのです。
私は、そのような言葉を50年以上、伝え続けてきました。
しかしね。
最後の最後に邪魔をしてしまうものがあるのです。
それが、あなた自身の思考なのですよ。**
傷つきたくない。
失敗したくない。
これ以上、辛い思いをしたくない。
自分の考えが間違っているとは思いたくない。
そうやって、あなたの思考は必死になってあなたを守ろうとするのです。
けれど、その守り方が間違っていたとしたら、どうでしょう。
幸せになるために必要なことを拒み、幸せへ進むための勇気を奪い、本当に大切なものから遠ざけてしまう。
そして、いつしか自分の思考が作り上げた安心を、幸せだと思い込んでしまうのです。
あなたの思考は、あなたを守り通したのです。**
本当の幸せとは違う、間違った幸せへと。**
私は、それが悲しかった。
本当に悲しかったのです。
あと少しだったのに。
もう少し信じてくれていたら。
あの一歩を踏み出してくれていたら。
あの時、思考に負けず、伝えられた言葉を胸に歩み続けてくれていたら。
幸せになれたかもしれない。
そんな人生を、数え切れないほど見てきました。
これは、恋愛だけの話ではありません。
夫婦のこと、親子のこと、家族のこと、仕事のこと、人間関係のこと。
そして、自分自身の人生の生き方そのものです。
自分の思考が正しいと信じて、何十年も歩んできた人。
何度も同じところで立ち止まり、同じ苦しみを繰り返してきた人。
幸せになりたいと願いながら、幸せへ向かう道を自分自身で閉ざしてしまった人。
そのような方々を、私は長い年月、見つめ続けてきたのです。
それでも、私は伝えました。
諦めずに伝えました。
いつか気づいてくれるだろう。
いつか分かってくれるだろう。
いつか、ご先祖様からの言葉の意味を理解してくれるだろう。
そう信じて、何度も何度も。
しかし、人生には時間というものがあります。
待ってくれる時間にも限りがあります。
相手が待っていてくれる時間にも限りがあります。
ご先祖様から伝えられた言葉を、生かせる時期というものもあるのです。
気づいた時には、もう戻れない人生もあるのですよ。**
この言葉を伝えることが、私には何より辛いのです。
そして、私も爺となりました。
若い頃のようにはいきません。
随分と長い年月を生きてきたものだと、自分でも思います。
人の幸せを願い続けて50年以上。
嬉しい奇跡のような出来事も、たくさん見せていただきました。
幸せを掴んだ方々も、数え切れないほどおられます。
その一方で、あと少しのところで、自分の思考に邪魔されてしまった人生も見てきました。
年齢を重ねるほど、その一つ一つが心に残るようになりました。
あの人は、今頃どうしているのだろう。
幸せに暮らしているだろうか。
あの時、私が伝えた言葉を思い出してくれることはあるのだろうか。
そんなことを、ふと考えることがあります。
でもね。
仕方がないのですよね。
あなたの人生なのですから。**
私が代わりに生きることはできません。
ご先祖様が代わりに決断することもできません。
どれほど大切な言葉を伝えても、最後に選ぶのは、あなた自身なのです。
だからこそ、切ないのです。
私がいつまでも、あなたの前で伝え続けられるとは限りません。
あと何年、こうして皆さんに大切な言葉を届けられるのか。
それは私にも分かりません。
ただ、一つだけ、最後まで伝えたいことがあります。
自分の思考が、必ずしも自分を幸せにするとは限らないのですよ。**
そのことだけは、どうか忘れないでください。
ご先祖様の声を信じ、伝えられたことの意味を考え、必要な時には自分の思考を変える勇気を持ってほしいのです。
途中が辛くても、長くても、本当に大切なものを見失わないでほしいのです。
私は、皆さんが幸せになる姿を見たいのです。
ただ、それだけなのですよ。
50年以上、人の人生と向き合ってきて、最後に残る願いは、そんな単純なことなのです。
あの時、信じてくれていたら。
あの時、諦めないでいてくれたら。
あの時、自分の思考に負けなかったら。
幸せになれたのにな……。**
もう、そんな言葉を心の中で繰り返すのは、できるだけ少なくしたいものです。
私も爺となりました。
随分と長く生きてきました。
それでも、今なお、人の幸せを願い、人の人生を案じている自分がいます。
時々、思うのです。
これほど長く、人の幸せを願い続けてきたのに、どうして幸せになることを、自分自身で拒んでしまう人がいるのだろうと。
答えは分かっているのです。
それでも、切ないものは切ないのですよ。
人生とは、本当に切ないものですね。**
鑑定師・優