三重県伊勢市霊感霊視『心の架け橋』

伊勢の地から届ける、霊感霊視と魂の声の記録

夜の内宮鳥居前 ― 真っ暗な中から現れた白い警備員さん ―

# 夜の内宮鳥居前で起きた不思議な出来事

先ほど――
私は、伊勢・内宮の鳥居前へ行ってきました。

車を止め、
窓を全開にし、

宇治橋。

そして、
内宮鳥居の方向を静かに見つめていました。

すると到着した瞬間――

今までに無い事が起きたのです。

“森林の香り”

それが、
突然、物凄く強く漂ってきました。

普通の香りではありません。

内宮の中を歩いていても、
ここまでハッキリと香る事は少ない。

ですがその時は違いました。

まるで、

森そのものが近付いてきたような香り。

深く。

優しく。

包み込むような香り。

私はその瞬間、

「あぁ……」

と感じたのです。

天照が、
この森林の香りと共に、
私へ力を分けてくださっているのだと。

その空気は、
言葉では説明出来ないほど神秘的でした。

静かで。

優しくて。

けれど圧倒的でした。

気が付くと、
涙がこぼれていました。

すると――

さらに不思議な事が起きたのです。

あの時間帯。

周囲には誰もいなかった。

警備員さんも見えない。

総務事務所も灯りが消えている。

私は、

「今日は完全に誰もいない時間帯なんだな」

そう思っていました。

普段、
警備員さんを見掛ける時は、

事務所に灯りが付いている。

外へ出ている時も、
ライトを持って歩いている。

ですので、
遠くからでも分かるのです。

ですが先ほどは違いました。

真っ暗だった。

本当に真っ暗だったのです。

灯りも無い。

気配も無い。

足音も無い。

ですが次の瞬間――

突然。

本当に突然でした。

鳥居の方向から、

“白い制服姿の警備員さん”

らしき方が現れたのです。

しかも、
ライトも持っていなかった。

暗闇の中から、
スッ……と現れた。

そんな感覚でした。

私は驚きました。

気付いた時には、
もうこちらへ向かって来ていたのです。

そして――

その方は私へ向かい、
一言だけ声を掛けました。

『………………』

ですが私は、
その瞬間の空気に驚き過ぎてしまい、

何を言われたのか、
頭が真っ白になってしまいました。

するとその方は、
すぐに反転し――

暗闇の中へ消えていったのです。

私はしばらく動けませんでした。

「え……?」

となっていました。

本当に不思議だったのです。

誰もいなかったはずの場所。

真っ暗な空気。

静まり返った内宮鳥居前。

そこへ突然現れた、
白い制服姿の警備員さん。

しかもライトも持っていない。

そして一言だけ残し、
静かに消えていく。

帰宅してから思い返しても、
やはり不思議です。

ですが私は思うのです。

夜の内宮鳥居前では――

時々、

“こちら側だけでは説明出来ない事”

が起きる。

私は何度も、
その空気を感じています。

誰も信じないかもしれません。

ですが、

あの場所には確かに、

昼とは違う空気。

夜だからこそ感じる空気。

神秘。

静けさ。

そして、

“何か”

があります。

特に宇治橋前は、
現実と神域の境目。

昼間は人で溢れていますが、
夜になると空気が変わる。

別世界のようになる時があるのです。

そして私は今回――

「あぁ、呼ばれたのだな」

そう強く感じました。

夜の内宮鳥居前。

もしあなたも伊勢へ来られた時は、
静かな時間帯に、
少しだけ立ち寄ってみてください。

もしかすると――

あなたにも、
不思議な何かが起きるかもしれません。






《守り本尊》 ― ご先祖様と共に届ける感謝の儀 ―

《守り本尊》
人生を支える感謝の儀

ご購入してくださりまして、
誠にありがとうございます。

あなたのご先祖様は、
いつも感謝の気持ちを大切にしながら、
今もなお、家族を静かに見守り続けてくださっています。

そしてそのご先祖様達もまた、
人生を支え続けてくださっている
“守り本尊”という存在を深く頼りにされています。

守り本尊とは、
ただ祀られている存在ではありません。

あなたの魂のすぐ側に立ち、
人生の流れを見守り、
時には危険を遠ざけ、
時には心を支えながら、
静かに人生へ関わり続けてくださっている存在です。

今回の儀では――

その守り本尊へ、
ご先祖様達と共に、
感謝の気持ちを届けていきます。

「いつも守ってくださりありがとうございます。」

「今まで支えてくださりありがとうございます。」

その感謝は、
必ず守り本尊へ届いていきます。

ご先祖様達も、
そして守り本尊も、
きっと喜ばれる事でしょう。

感謝とは、
守られるだけで終わらない行いです。

“支えてくださっている存在へ心を返す”

その行いこそが、
人生の流れを静かに整え、
未来の守りをさらに強くしていくのだと私は感じています。

このご縁と感謝が、
あなたとご先祖様、
そして守り本尊との繋がりを、
より深く温かなものへ導いていきますよう、
心を込めて執り行わせていただきます。

真実とは

人は――

自分一人で、
人生を歩いていると思っています。

自分で悩み。

自分で苦しみ。

自分で決め。

自分で選び。

自分で生きていると。

ですが私は、
長年、
人の魂を見続けてきて思うのです。

本当に、
そうなのだろうか…と。

人には、
見えている人生があります。

ですがその奥には、
絶対に目には映らない“流れ”がある。

それが――

縦のライン。

そして、
横のライン。

縦のラインとは、
魂の流れです。

今世だけでは終わらない。

もっと奥。

もっと深い場所。

人として生まれる前から、
魂が持ち続けている流れ。

何故、
この人生なのか。

何故、
この家系なのか。

何故、
この人を愛したのか。

何故、
同じ苦しみを繰り返すのか。

何故、
逃げても逃げても、
また同じ場所へ戻されるのか。

その答えは、
思考では届かない場所にあります。

魂は、
知っているのです。

「今回、
 何を越える為に来たのか」を。

ですが人は、
生きれば生きるほど、
思考に覆われていく。

不安。

恐れ。

執着。

比較。

現実。

損得。

すると、
魂の声は静かになっていく。

ですが――

魂のラインは、
消えません。

どれだけ苦しくても。

どれだけ道を外しても。

どれだけ自分を嫌いになっても。

縦のラインは、
静かに、
その人を“本来の地点”へ戻そうとし続ける。

だから人生には、
説明出来ない引力がある。

「何故か気になる」

「何故か忘れられない」

「何故か離れられない」

「何故か戻ってしまう」

それは、
感情だけではありません。

魂のラインが、
動いているのです。

そしてもう一つ。

横のライン。

それは、
一族の流れ。

ご先祖の流れ。

血の流れ。

守り。

願い。

止め。

支え。

引継ぎ。

人は、
一人のようで一人ではない。

自分が笑う時。

自分が苦しむ時。

自分が人生を諦めかける時。

その後ろには、
何代もの想いが立っている。

そして時には――

横のラインは、
人生を止めます。

進ませない。

壊させない。

敢えて、
崩す。

敢えて、
終わらせる。

人はそれを、
不幸だと思う。

ですが違う場合がある。

「あのまま進めば、
 本当に壊れてしまう」

そう判断した時。

横のラインは、
強制的に流れを変える事がある。

だから人生には、
意味の分からない別れもある。

意味の分からない停止もある。

何故か進まない。

何故か崩れる。

何故か戻される。

ですがその裏側では――

縦のラインと、
横のラインが、
静かに交差している。

魂の目的。

一族の流れ。

その二つが、
一致する地点。

そこへ、
人は導かれているのです。

だから私は、
時々思うのです。

人は、
本当に一人で歩いているのだろうか…と。

苦しい時。

泣いている時。

誰にも分かってもらえない時。

「もう無理だ」

そう崩れ落ちそうな時ですら――

見えない場所では、
何かが必死に、
その人を守ろうとしている。

名前を知る必要はありません。

形を知る必要もありません。

ですが確かに――

あなたの魂のラインの“ひかり”を、
今もなお、
静かに見守り続けている存在が居る。

人は、
思考だけで生きているのではない。

もっと深い場所。

もっと静かな場所。

そこには、
今世だけでは終わらない流れが存在している。

そしてその流れは、
今日も静かに、
あなたを“本来の場所”へ戻そうとしているのです。

切なき恋

恋愛とは ― 魂が魂を求め続けた証

私はこれまで――

数え切れない恋愛に、
立ち会ってきました。

本当に、
様々な恋愛です。

片思い。

複雑な恋愛。

人に言えない恋。

何十年も、
時間が必要だった恋。

何回も離れ。

何回も傷つき。

何回も過ちを繰り返しながら、
それでも終われなかった恋。

「もう無理です」

そう言いながら、
また戻ってしまう。

「苦しいです」

そう泣きながらも、
心の奥では愛してしまっている。

そんな恋愛を、
私は何度も見てきました。

ですが私は、
思うのです。

恋愛とは――

思考だけでは、
叶わない。

頭で考えて。

条件で考えて。

損得で考えて。

不安で縛り。

寂しさで繋ぎ止めても。

その恋は、
やがて崩れていく。

無理にくっついた恋には、
必ずどこかで別れが訪れる。

それが、
恋愛なのです。

ですが逆に――

どんなに揺られても。

どんなに苦しくても。

どんなに時間がかかっても。

魂が、
「それでも愛したい」

そう思い続けた恋は、
不思議と終わらない。

途中で離れても。

現実が止まっても。

思考が暴れても。

また戻ってくる。

何故なら、
魂は魂を覚えているからです。





魂が求めた相手とは、
簡単には切れない。

だからこそ、
途中で何度揺らされても――

戻れる。

その“戻れる強さ”を持った魂は、
最後には魂と魂で結ばれていく。

私は、
そんな瞬間を、
何度も見てきました。

そして、
恋愛の願いを叶えられた方々も、
数え切れません。

ですが――

それは、
私の力ではありません。

皆さん自身の、
魂の力です。

愛を貫いた力。

諦めなかった力。

苦しみながらも、
相手を思い続けた力。

傷ついても、
また立ち上がった力。

その魂の力が、
恋愛を動かしていったのです。

私はただ、
その横に立ち。

皆さんの魂が、
何を望み。

何に揺られ。

どこへ向かおうとしているのか。

それを、
見続けてきただけなのかもしれません。

だから時々、
ふと思い出すのです。

「あの恋、
 叶ったんだよな」

「あの二人、
 最後に結ばれたんだよな」と。

すると、
何とも言えない、
暖かい気持ちになるのです。

恋愛とは――

苦しい。

切ない。

時に、
人を壊しそうにもなる。

ですが同時に――

人の魂を、
ここまで強くするものでもある。

私は、
そんな暖かい恋愛の実績を、
今でも大切に覚えています。

お早うございます。

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守り本尊という存在 ― そして、現実という流れ


今回の守り本尊企画。
正直に言えば――

私は、
少し複雑な気持ちです。

初めて出した企画でした。

ですが、
やはり守り本尊という存在は、
人にとってまだ遠いのでしょうね。

見えない。
分からない。
でも確かに居る。

それが、
守り本尊です。

だからこそ私は、
少し切なさを感じています。

守り本尊とは――

苦しい時だけ呼ぶ存在ではありません。

人生が崩れそうな時。

壊れそうな時。

誰にも分かってもらえない時。

それでも、
魂のすぐ後ろで立ち続けている存在。

それが、
守り本尊です。

私は、
霊感霊視50年の中で、
何度も見てきました。

「何故この人は壊れなかったのか」

「何故ここで助かったのか」

「何故生き残ったのか」

そこには、
必ずと言っていいほど、
守り本尊の働きがありました。

ですが現実は、
見えないものほど伝わりにくい。

困った時だけの、
神頼み仏頼み。

そんな言葉があります。

ですが私は今回、
改めて感じたのです。

元々――

守り本尊とは、
“有難い存在”とは、
あまり思われていないのかもしれない…と。

そう感じると、
少し寂しいですね。

守り本尊とは、
可哀そうな存在でもあります。

ずっと守っていても、
気づかれない。

感謝される事も少ない。

それでも、
黙って立ち続ける。

それが、
守り本尊なのです。

申込は5月20日までです。

誰一人としていない寂しさ。

おそらく――

最初で最後の企画になると思います。

ですが私は、
これから先も、
守り本尊の有難味だけは、
一生涯大切にしていこうと思っています。

そして、
もう一つ。

最近、
強く感じている事があります。

今年に入り、
私は対面鑑定を少しずつ減らそうとしていました。

すると面白いほど、
対面数は減っていきました。

もちろん、
同業者が増えた事もあるでしょう。

ですが、
私はこうも感じています。

この5年の間に――

苦しかった人達が、
少しずつ抜け出していったのではないか。

悩み続けていた方々が、
現実を動かし、
前へ進み始めたのではないか。

だから、
私が必要ではなくなってきた。

もしそれが本当なら、
私は少し嬉しいのです。

役目とは、
永遠に依存させる事ではありません。

苦しみから抜け出し、
歩けるようになる事。

それが、
本当の意味での“役目”なのだと思うからです。

ですが一方で、
現実もあります。

この地の人口は少ないです。

そして今――

逆に遠方から来てくださる方々が、
増えています。

これもまた、
現実なのです。

私の体は、
決して自由ではありません。

心臓もそう。

血管もそう。

色々あります。

ですが、
足の治療だけは、
少し先が見えてきました。

完治したとしても、
皆さんのようには歩けないでしょう。

ですが、
行動範囲は広がると思っています。

すると今、
再び感じ始めているのです。

「私を必要としている方々が多い場所へ、
 行ってみるのも一つなのではないか」と。

役に立つ事も、
生きる事。

ですが――

現実的に、
私自身も生きていかなければならない。

治療もある。

生活もある。

生きるには、
先に立つものも必要ですからね。(笑)

だから、
やむを得ず、
選択も必要なのでしょう。

その様な思いから最近は、
寂しいです。

静かな日々です。

でも私は、
この静けさの中で、
もう一度考えてみようと思っています。

自分は、
どこで、
誰の役に立てるのかを。

少し静かにしていますね。

ここ最近、
私は沢山の記事を書いてきました。

苦しい時も。

揺れている時も。

考え過ぎてしまう時も。

何かを感じ取った時も。

嬉しい時も。

そして――

言葉にしなければ、
自分の中で整理が出来なかった時も。

きっと私は、

記事を書きながら、
自分の心を整えていたのだと思います。(笑)

言葉を書く事で、
気持ちを落ち着かせ。

頭の中を静め。

魂を深呼吸させていたのかもしれません。

人は、
何も感じていない時ほど、
実は静かです。

ですが、

色々なものを感じ。

色々なものを背負い。

色々な流れを受け取っている時ほど、

言葉が溢れる。

それは、
悪い事ではないのです。

むしろ――

必死に生きている証なのだと思います。

ただ今は、
少し静かにしようかなと思っています。

無理に動かず。

無理に言葉を増やさず。

少し、
気を休める時間。

少し、
魂を静める時間。

そして、
また必要な時に。

呼ばれた時に。

自然と動き出せば良いのかなと思っています。

ですので、
皆さん。

私はちゃんと生きていますので、
ご心配しないでくださいね。(笑)

消えるわけでもありません。

居なくなるわけでもありません。

少しだけ、
静かな時間に入ります。

それもまた、
人生には必要なのだと思っています。

そしてもし――

また私が必要とされる時が来たのなら。

誰かの心が、
本当に苦しくて。

誰かが、
助けを求めて。

「優、まだ居ますか」

そう呼んでくださるのなら。

私はまた、
静かに還って来ようと思います。

その時まで。

少しだけ、
静かにしていますね。

いつも気にかけてくださる皆さんへ。

本当にありがとうございました。

愛ですね

「世界は二人のために」―― 昭和の恋は、まっすぐだった

世界は二人のために

この歌を聴くと――

私は、
昭和の恋を感じます。

今の恋愛とは、
少し違う。

もっと、
まっすぐ。

もっと、
素直。

そして――

どこか、
夢があった時代。

「愛 あなたと二人
花 あなたと二人」

この歌詞。

凄いですよね。

世界全部が、
“二人”

なのです。

今の時代だと、
少し照れてしまうくらい真っ直ぐ(笑)

ですが私は、
そこが好きです。

昭和の歌には――

“本気”

がある。

好きなら好き。

会いたいなら会いたい。

守りたいなら守りたい。

今みたいに、
駆け引きばかりではなかった。

もちろん、
昭和にも苦しみは沢山ありました。

ですが――

人を愛する時。

「この人と生きたい」

その想いが、
今よりずっと強かった気がするのです。

私はこの歌を聴くと、
思い出します。

恋愛とは本来――

条件だけではない。

損得だけでもない。

誰かと居る事で、
景色が変わる。

世界の色が変わる。

それが、
恋なのだと。

好きな人と居るだけで、
楽しかった。

歩くだけで嬉しかった。

隣に居るだけで、
世界が明るく見えた。

昭和の恋には、
そういう空気がありました。

だからこの歌は、
今聴いても温かい。

古い歌なのに、
何故か心が柔らかくなる。

それはきっと――

この歌が、
“人を好きになる幸せ”

を、
真っ直ぐ歌っているからなのだと思います。

今の時代。

恋愛は難しくなりました。

考え過ぎる。

不安になる。

傷付くのが怖い。

ですが時々は――

この歌みたいに。

「二人のため世界はあるの」

そう思えるくらい、
真っ直ぐ人を好きになるのも素敵ですよね(笑)