かつてないほどに、ご先祖様たちの声が冷たく、そして遠くなっている──
この地において、今年、ご先祖様たちへ感謝を伝えるために訪れた方々の数は、記録的な「最低数」にまで落ち込みました。
私たちは何の上に生かされているのでしょうか?
それは、「命の連なり」という大きな橋の上。誰一人として、自分ひとりの力でこの世に生まれてきた者などいないはずなのに──。
けれど、今年は違いました。
「誰も来ないんだな……」
「こんなにも助けてきたのに……」
そうつぶやく先祖の霊たちの気配が、伊勢の空に滲んでいます。
怒りと呆れ──微笑まぬご先祖様たち
今年、ご先祖様たちは怒っています。
そして、それ以上に「呆れている」のです。
何かしてくれたから感謝するのではありません。
してくれていなくても、存在があったから、今の自分がある。その事実に対する感謝です。
けれど、感謝の言葉も、手を合わせる姿も、ほとんど見かけなくなりました。
「叶えてくれないから、もういい」
「感謝はしているつもりだ」
そんな言葉が心の中に渦巻いている人間に、先祖はもはや手を差し伸べない。
導かれたかったなら、まずは感謝すべきだった。
守ってほしかったなら、まずは想いを届けるべきだった。
先祖が微笑むのは、信じ、感謝し続けた者だけ
それでも、ご先祖様たちは完全には見放していません。
たった一人でも、信じて感謝し、祈りを続ける魂に対しては──
その人が泣いていても、怒っていても、迷っていても──
そっと寄り添い、静かに微笑み、道を照らす光を残しています。
けれど、それは「選ばれた者」だけの道。
感謝なき魂に、もう道は示されない。
それが、今年のご先祖様たちの厳しき決断です。
この時期──祈りが届くか、途絶えるかの分かれ道
お盆を前にしたこの時期、霊たちは集い、会議が開かれます。
「誰を導き、誰を見放すか」
「どの願いに応え、どの願いを留めるか」
人知れず、そんな重大な会議が、霊界では執り行われているのです。
そこで問われるのは──
「この者は感謝を捧げてきたか?」
この問いに答えられない者は、願いごとごと置き去りにされます。
もう祈っても叶わない、
もう努力しても進まない、
そう感じ始めている人は、一度、胸に手を当てて問うてください。
「私は、ご先祖様に心からの感謝を伝えてきただろうか?」
最後に
人は皆、ひとりでは生きていません。
過去から命を受け継ぎ、今に在る──
それが魂の真理です。
忘れられた先祖の声は、やがて静かに消えていく。
けれど、忘れなかった者の元へは、奇跡のような導きが届くでしょう。
今年、ご先祖様は静かに選び始めています。
「誰を照らし、誰を遠ざけるのか」を。
あなたは、どちら側に立っていますか?